noboribetsuのブログ

車中泊で気の向くまま諸国漫遊

54日目(7/09) 魹ヶ崎→釜石市へ

今朝の目覚めは、道の駅みやこ
宮古市にある道の駅。直ぐ港の突端にある。
今日は天気予報によれば晴れなのだが、朝7時時点は曇でしかもガスっている。
この辺の海岸沿いはリアス式のせいか、海からの風が陸地で急上昇して直ぐ濃霧状態になる。
天気予報を信じて、日本最東端の魹ヶ崎灯台へ行って見る。
この灯台は、灯台守の生活を綴った木下恵介監督の映画 「喜びも悲しみも幾年月」という映画の舞台となった灯台だ。
昔は、灯台守は、夫婦帯同で泊まり込みだった。その日々の暮らしぶりを日記に綴ったのが木下恵介監督に見出されて映画になったそうだ。
但しここは、車で姉吉キャンプ場のある近くの湾(小さな漁港)まで行き、そこから徒歩でしか灯台に行けない。
リアス式海岸に灯台があるので先ず、海抜120mくらいまで半島を登ることから始まる。登った後は多少のアップダウンがあるが半島の山の海沿いの道を行くことになる。片道3.5km 往復で7kmの徒歩コースだ。
先ず漁港に行くまでが大変。
狭い曲がりくねった山道を行くことになる。対向車が来たらどちらかがすれ違えられるところまでバックしないといけない。
とてもこんな先に集落などなさそうな鬱蒼とした道、道と言うより林道である・・を行くと、何と小学校と中学校がある集落に下りた。ちょうど朝の登校のときであったが、小学生はリーン・リーンという音をさせて登校している。みんな熊鈴を腰にぶら下げている。
確かに熊が出てきても不思議でない山奥である。
更にその先に行くとこれ又とんでもない狭い道で人など住んでいないと思われる道を行く。はっきり言って林道と言っていいくらいだ。
すると又4,5軒の集落があった。こんな山の中でどうやって暮らしているのだろうか不思議だ。
やっと車を止められる姉吉キャンプ場に到着。
案内板

車を置き、歩いて山へ入る。
知床観光の時は、結構観光客がいたのであまり熊に心配することはなかったが、ここは誰もいない。
一人で山に入って行くので、準備万端整えた。

熊スプレーは腰ベルトに。結構ホルダーがきつくていざと言う時、直ぐに抜ける様、途中までしかホルダーには入れない。

早速入山する。

しばらく行くとアスファルトの道が地道に・・・・

早速、道端にうんちが・・誰のうんち?

この辺には民家などないので散歩の犬とは考え難い。更に良く見ると種ばかりの消化の悪いものばかり。いきなりビビってしまう。
更に進んで行くと細くなり、しかも草が生えて歩き難くなる。

ところが一向に案内看板が見えて来ない。
道が途中でひどくなる。
とても道とは思えなくなる。
土砂崩れで道が寸断されている。

とりあえず乗り越えて行くと、更にその先には道が2手に別れている。
表示が無いのでどちらに行けばよいのか不明。
一方へ進んで行くと2m近くある草が生えており、かき分けないと進めなさそう。
道を見失いそうだ。

引き返してもう一方を進む。こちらはクマザサが生えているが膝当たりの背丈なのでこちらを進んで行く。

クマザサ道を抜けるとちょっとはまし。
しかし段々と道が醜くなる。

もはや道ではなく山肌に残ったあぜ道の様。

更に進むと灌木が折れ重なり進めなくなってしまった。しかも道ではなく沢沿いの斜面の山肌状だ。

これはとてもみちのく潮風トレイルどころの道では無い。
もう2Km位は歩いて来た様だ。
どんどん山の中に入って行くような道でとても灯台に向かう様な道ではない。
どうも道を間違えてしまっか?
一旦、元の車の所まで戻る事にする。
途中の川で見た魚。

水が綺麗なのでイワナの様だ。
もう一度案内看板を見ると灯台へは海岸沿いを行く道の様だ。
そこでキャンプ場から下って湾に回り込むと案内板があった。ほんの100m程度の先が入り口だった様だ。

かなり体力と気力を消耗してしまったが、まだ午前中だしせっかくだから再度チャレンジする。
ここから登る。

今度は間違い無い。
再度チャレンジ
こっちの道は、さっきの道とは段違い。
狭いがはっきりとした道になっており間違いようが無い。

最初は急な上り坂。
途中に東日本大震災の津浪で浸水した位置が記してある。

下に見える防波堤から結構な高さだ。こんなところまで来たのか。
一旦登ると後は多少のアップダウンはあるが楽な道
ちょっと危険なところもあるが、

さっきの道とは雲泥の差
そして到着

やれやれだった。
本州最東端の碑

碑の由来

岸壁より

魹ヶ崎灯台

霧がかかっており見通しが悪い。
帰り道で、終わりの頃は霧も晴れ日差しも差して来て海面がきれいだ。

やっと車を止めた所まで帰って来た。

次は南下し、鉄の町 釜石市へ
しかし国道に出るまでの道が醜い。
リアス式の海岸沿いを行く、くねくねのアップダウンの狭い道を行く。しかもそんな道を15Km位も走らなくてはならない。たまに軽トラの車とすれ違う。地元の人だろうが、よくもまあこんなところに住んでいるなあと関心する。景色は木々でほとんど遮られており隙間から時々青い海が見える。が景色を楽しんでいる道路では無い。神経使いまくりだった。
そして釜石市へ到着。
先ず、鉄の歴史館を見学


前にSLがある。昔これで鉄鉱石を運んでたらしい。

前にSLがある。昔これで鉄鉱石を運んでたらしい。


むかしからこの地方では砂鉄から鉄を鋳造していたらしく、明治以降に鉄の量産化技術が進み、官営製鉄所となり、そこから世界の製鉄所 釜石となったそうだ。
近代製鉄の父 大島高任(おおしま たかとう)

次は、直ぐ近くにある釜石大観音

48mもある観音像が海に向かっている。
内部は螺旋階段になっており観音様の腕の上当たりまで登れる。外から見ると腕の上辺りに柵が見える。
あの辺りが展望台になっている。

内部はいろいろな観音様が・・・

お寺と言えば大伽藍が普通だがここは観音様の内部がお寺の施設になっているようだ。お寺の様な建物は無い。
展望台より見る・・

今日は汗をかいたのでここ釜石市のホテルの日帰り入浴をする。

そして、
本日の宿泊先は、道の駅 釜石仙人峠
釜石市の内陸部側の町外れにある道の駅。
今日は到着が21時近くになってしまった。
停車している輸送トラックを避けると道路脇しか開てない。今夜はうるさそうだ。

経路 茶◯ → 紫◯
走行距離 108km
観光ばかりであまり進んでいない。